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東京高等裁判所 昭和31年(ネ)881号 判決

控訴人 山金醤油株式会社 外十名

被控訴人 国

訴訟代理人 長谷川一雄

主文

本件各控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人等の負担とする。

事実

控訴人等訴訟代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人訴訟代理人は、「本件各控訴を棄却する。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用及び認否は、被控訴人訴訟代理人において、「仮に本件土地の有償貸付契約において、被控訴人主張のような使用権の譲渡、転貸禁止及び貸付条項違反に基く解除に関する特約がなかつたとしても、右土地貸付契約においては、味噌醤油醸造業のために土地を使用する約定であつたにもかかわらず、控訴会社は、控訴人金沢富吉をして右地上に外国人向洋式高級住宅用建物を建築せしめこれを外国人に賃貸させたのであつて、これは右土地使用方法に関する特約に違反するから、被控訴人は昭和二十八年十月二十九日控訴会社に対し、右建物を取払い土地を原状に回復すべき旨催告し、更に同年十一月五日重ねて控訴会社に対し、同月末日までに右建物を撤去して敷地を原状に回復すべきことを催告したにもかかわらず、控訴会社は右催告に応じなかつたので、被控訴人が同年十二月二十五日控訴会社に対してなした土地貸付契約解除の意思表示は、控訴会社の債務不履行を理由とするものとして有効である。」と付加し、控訴人等訴訟代理人において、「控訴人金沢富吉は、昭和二十八年九月二十七日被控訴人とその主張のような土地貸付契約を締結した事実はない。すなわち、同日被控訴人の契約担当官新林定雄は右控訴人を呼出し、なんら説明をもせずに印鑑を提出させ、担当官自ら文書に押印した上印鑑だけを右控訴人に返還し、右文書の写を交付することもしなかつた。従つて右控訴人はその際いかなる文書に押印されたかを知るに由がなかつたので、当時被控訴人と右控訴人との間にはなんらの契約も成立しなかつたのである。仮にそうでないとしても、少くとも被控訴人主張の契約条項(1) (4) (5) のような通常の賃貸借契約の条項としては予想できないようなものは、契約の内容となる余地がない。仮にその際契約が成立したとしても、右は担当官新林定雄が、一方国の代理人として事務を執りながら、他方右控訴人の代理人として契約書に押印したのであるから、これに基く右貸付契約は、双方代理の禁に反するもので無効である。」と付陳し、証拠として、当審証人新林定雄(第一、二回)、同千葉正喜、同宮腰喜助、同杉原敏正同金沢富夫の各証言及び当審における控訴人金沢富吉本人尋問の結果を援用し、甲第十六、第十九号の成立に関する原審の陳述を改めて各その成立を認めたほかは、いずれも原判決事実摘示の記載と同一であるから、これをここに引用する。

理由

控訴人金沢富吉がもと山金醤油工業所という商号を用いて醤油醸造業を営んでいたことは当事者間に争いがない。しかして右控訴人が被控訴人との間に昭和二十三年九月二十七日国有普通財産(当時施行中の旧国有財産法による雑種財産)たる被控訴人主張の土地千七百十一坪七合五勺及び同地上に存在する建物四棟(建坪合計約三百二十六坪)に付被控訴人主張のような内容の貸付契約を結んだことは、控訴会社及び控訴人金沢富吉においては最初これを自白したが後に右自白は真実に反し且つ錯誤によりなされたことを理由にこれを取消して右事実を否認し、その他の各控訴人等は終始これを否認するので、先ずこの点について検べてみる。

成立に争いのない甲第四号証の一、二、乙第十六号証、原審証人佐々木周次郎、当審証人新林定雄(第一、二回)、同千葉正喜、同杉原敏正の各証言並びに原審及び当審における控訴人金沢富吉本人尋問の結果(後記信用しない部分を除く。以下同じ)を総合すれば、次の事実が認められる。すなわち(一)被控訴人が本訴で明渡を求める土地(以下「本訴土地」という。)を含む前記土地千七百十一坪七合五勺及び前記建物四棟は、もと陸軍技術研究所用のもので、終戦後進駐軍に接収せられ国の雑種財産となつていたところ、控訴人金沢富吉は、昭和二十二年十二月中被控訴人国より味噌醤油の醸造工場に使用する条件でこれが一時使用認可の行政処分を受け、右物件に対する進駐軍の接収が解除されるのを待つて被控訴人国より右物件の引渡を受け、その一時使用を開始した。(二)他方右控訴人は、被控訴人国より右物件の正常な貸付を受けるべく、昭和二十三年三月三日大蔵大臣に宛て、使用目的を味噌醤油の醸造工場用と限定して右物件貸付の申請をしたので、被控訴人国においては、調査の結果、右申請を容れ被控訴人主張の貸付条件で右物件を右控訴人に貸付けることを内部的に決定し、同年九月所轄東京財務局から右控訴人に対し、貸付が許可になるから印鑑持参の上出頭すべき旨指示した。(三)右控訴人は、この指示に従い、同月二十七日同庁に出頭したところ、同庁の担当職員新林定雄は、右控訴人から契約書作成のためその印鑑を預り、契約条項を記載してある契約書(甲第五号証)の右控訴人名下にその見ているところで押印して契約書を完成し、右印鑑を返した。当時右控訴人は、契約書の各条項は読まなかつたけれども、貸付物件の所在、種目、数量、貸付料、使用方法、貸付期間等について被控訴人主張のような定があることは知つており、その申請が容れられて貸付契約が成立し契約書が作成されたことを了承して同所から引取つた。(四)その後右控訴人及びその承継人たる控訴会社は、数年にわたり右契約の条項に従つて右物件の使用収益を継続した。以上認定の事実から考えるときは、甲第五号証(右契約書)は、控訴人金沢富吉の意思に基いて作成されたもので真正であり、その際被控訴人と右控訴人との間には、前記物件につき同控訴人の申請の趣旨に従い、貸付物件の内容、貸付料、物件の使用方法、貸付期間等が被控訴人主張のような内容の貸付契約が成立したものと認むべきである。控訴人金沢富吉の原審及び当審本人尋問における供述中右認定に反する部分は信用し難い。なお当審証人新林定雄の証言(第一、二回)並びに原審及び当審における控訴人金沢富吉本人尋問の結果によれば、被控訴人主張の貸付条項(4) (5) については、控訴人金沢富吉は、当時右契約書の内容を読まず、その説明を受けず、又契約書の副本をも受領しなかつたので、当時その内容を知らなかつたことが認められるけれども、前示甲第五号証、当審証人新林定雄(第一、二回)、同杉原敏正の各証言を総合すれば、右各条項は貸付契約書用紙に予め不動文字を以て印刷されてあり、これらの条項は当時大蔵省の訓令により定められていたもので、この種接収解除不動産の貸付契約については一般にこれによつていたものであり、右控訴人においても当時申請物件につき一般の例による貸付が認められれば満足し、一般の例による貸付条件に異議があつたわけでないことはもちろん、特に一般の例とは異る特殊の契約条件を希望したわけでもないので、政府の定めているところに委せ、特に契約条項の内容を確めることもしなかつたことが認められ、このように、この種国有財産の貸付条件が全国的に統一されて定型化しており、特にこれを担当係官において右控訴人に秘匿したような事情も認められず、しかも右条項(4) は使用目的の変更、使用権の譲渡、使用物の転貸を禁止し、同条項(5) は貸付条項に違反した場合には貸付契約を解除できる趣旨であつて、貸付契約の内容としては特に苛酷なものでも異例なものでもなく、むしろ一応予想できるものであつて、しかも右控訴人において予め右条項の存することを知つたならば貸付を受けなかつたであろうと認むべき事情その他特段の事情が認められない以上、貸付契約の相手方である右控訴人は、右定型化された貸付条項による意思を有していたものと推認するのが相当である。従つて右(4) (5) の各条項もまた貸付契約の内容を成すものであり、当時右控訴人が具体的には右条項を知らなかつたという理由でこれを否定することはできない。(なお、たとえ右のような条項がない場合でも、使用者が貸付契約によつて定まつた用法によらないで物の使用をしたときは、貸主は民法第六百十六条第五百九十四条の規定により、貸付契約を解除できることに変りはないことを付言する。)

以上のとおり、被控訴人と控訴人金沢富吉との間には昭和二十三年九月二十七日、前記土地建物を目的とし被控訴人主張のとおりの特約のある貸付契約が締結されたものであり、控訴会社及び控訴人金沢富吉がさきになした裁判上の自白は真実に反するものとはいえないからこれを取消すことができず、右自白は依然として効力がある。

控訴人等は、右貸付契約は双方代理の禁に反するから無効であると抗弁するけれども、右貸付契約の締結につき新林定雄が控訴人金沢富吉を代理したものと認むべき資料なく、むしろ前示甲第五号証及び当審証人新林定雄(第一回)、同千葉正喜の各証言及び原審における控訴人金沢富吉本人尋問の結果(前記信用しない部分を除く。)を総合すれば、右控訴人は新林定雄に対して右契約の締結につき代理権を与えたものではなく、その締結した貸付契約につき契約書に記名捺印するに際し、新林定雄に印章を交付して自己に代つてこれに記名押印させたものに過ぎないことが認められるから、右抗弁はこれを採用することができない。

次に右貸付契約の解除の効力について検べてみるに、

右貸付契約の条項によれば、貸付期間は昭和二十六年三月三十一日を以て終ることになる。(国有財産のうち雑種財産については私権の設定ができる〔旧国有財産法第四条本文〕ので雑種財産の貸付契約は民法上の賃貸借契約と解すべきであり、従つて借地法の適用もあるが、ただ、賃貸期間については旧国有財産法第十五条〔現行法第二十一条に相当〕の特別規定があるから借地権の存続期間を定める借地法第二条の規定は適用がないものと解すべく、よつて右三年の約定期間の定も有効と解せられる。)、しかしながら右期間満了後においても右控訴人が土地の使用を継続したことは当事者間に争なく、土地所有者たる被控訴人において遅滞なくこれに異議を述べたことの主張はないから、右土地貸付契約は当然更新せられ、前同一の条件を以て継続するものと解すべきところ(前記三年の貸付期間満了の場合の賃貸借の更新については、当然借地法第六条の適用があるけれども〔すなわち、民法第六百十九条第一項の適用はない。〕、更新後の借地権の期間については、前同様旧国有財産法第十五条の特別規定があるため借地法第六条第一項後段の規定の適用がない結果、前契約における期間と同一の期間となるものと解する。)、昭和二十八年三月三十一日控訴会社が設立せられて控訴人金沢富吉の前記営業を譲受け、前記貸付契約における使用者としての権利義務を承継し、同年九月上旬被控訴人の承認を受けたことは、当事者間に争いがないから、事後前記貸付契約は従前と同一の条件を以て被控訴人と控訴会社との間に存続することとなつた。ところで成立に争いのない甲第六、第八、第九号証、同第十一号証の一、二、同第十二号証、原審証人佐々木周次郎、当審証人杉原敏正、同金沢富夫の各証言及び原審における控訴人金沢富吉本人尋問の結果を総合すれば、控訴会社は、昭和二十八年七月三十日被控訴人国の所轄関東財務局立川出張所に対し、右貸付土地の内の一部たる本訴土地の上に営業用の工場、車庫、従業員寄宿舎の増築許可を申請し、同年九月その許可を受けるや、直ちに計画を変更し、家賃金収入を目的として右地上に、申請の内容と位置構造が甚しく相違し従業員寄宿舎とは認められない外国人向洋式の当時としては高級住宅ともいうべき本訴各建物を建築し、同年十二月から右建物を進駐軍要員たる第三国人に賃貸していることが認められる。控訴人等は、右申請は一般住宅用建物建設のための増築申請であつて、これに対し無条件の許可があつたものであると弁解するけれども、前掲甲第六号証によれば、控訴会社のなした申請が右控訴人等主張のようなものではなかつたことが明らかで、その他右控訴人等主張事実を認めて前認定を覆すに足りる資料はない。控訴人等は又、右増築許可の申請とこれに対する許可とによつて、被控訴人と控訴会社との間に新たに民法上の賃貸借契約が成立したと抗争するけれども、右認定のような増築許可申請とこれに対する許可によつて貸付地につき新たな賃貸借契約の成立するような余地は全くないから右抗弁もまた採るに足りない。しかして被控訴人が昭和二十八年十月二十九日所轄関東財務局立川出張所長を通じて控訴会社に対し、右住宅用建物の建築が増築許可の条件に違反することを理由に右増築許可を取消し建物を撤去すべき旨催告し、控訴会社においてこれに応じないので更に同年十一月五日同所長を通じ控訴会社に対し同月三十日までに右建物を撤去すべき旨の催告をなした。しかし控訴会社においてなおこれに応じなかつたので、同年十二月二十五日所轄関東財務局長を通じて控訴会社に対し、貸付土地中右住宅を新築した地域である本訴土地につき貸付契約を解除する旨の意思表示をなしたことはいずれも当事者間に争がない。そうして前認定のように本件貸付契約において貸付物件は味噌醤油の醸造のため使用すべきことを明定されているにかかわらず、控訴会社において右土地の一部をこれと全く関係のない外国人用住宅建築敷地に充て、右建物を進駐軍要員たる第三国人に賃貸して家賃金収入を得るためにその敷地を使用するようなことは、貸付契約で定めた使用の方法に反すること明らかであるから、被控訴人は、その主張の前掲(5) の契約条項に基き、右貸付契約を解除できるものといわなければならない。

控訴人等は前記増築許可の取消には公益上の必要がないと抗争するけれども、本件貸付契約の解除は貸付土地の使用が貸付契約で定められた使用方法に反したことを理由とするもので増築許可の取消を直接の理由とするものではないから、増築許可の取消の効力は解除の効力とは関係がないばかりでなく、仮に控訴人等の右抗弁を本件解除が公益上の必要を欠くことを主張する趣旨と解しても、私法上の解除権の行使は、たとえ解除権者が国の場合であつても、権利の濫用、信義則違反等特段の事由を伴わない限り、単に公益上の必要を欠くという一事を以て無効となるものではないから、右抗弁は採用できない。

控訴人等は、右貸付契約が解除されるときは控訴会社が右住宅建設のために投じた巨額の費用が損失に帰することを挙げて右解除は権利の濫用であると抗争するけれども、控訴人等主張の費用は貸付契約に定められた使用方法に反する使用をなすために支出されたものである以上、右契約違背を理由に契約が解除せられた場合に、その費用が支出者の損失に帰することは当然であつて、その額が多額であることを理由に解除権の行使を権利の濫用であるとする控訴人等の抗弁は、不当であり採用の限りでない。

控訴人等は更に、控訴会社は昭和二十八年九月六日本件貸付不動産の売払を受けたから被控訴人には本訴土地の所有権がないと抗弁するのでこの点を検べてみる。原審証人佐々木周次郎、当審証人宮腰喜助の各証言及び原審における控訴人金沢富吉本人尋問の結果によれば、控訴会社より被控訴人に対し本訴土地につき売払の申請があり、昭和二十八年九月頃控訴会社代表者金沢富吉に対し係官から政府部内において右売払をする旨の決裁があつた旨の内報がなされたことを認めることができるけれども、成立に争のない甲第十六、第十七号証及び原審証人佐々木周次郎の証言を総合すれば、右内報当時は未だ売払の手続は完了せず、代金額等も未定であり、右内報は被控訴人国の控訴会社に対する売払の意思表示ではなくて単に被控訴人国の所轄機関内部において右土地を控訴会社に売払う方針が一応決定したことを当該係官が控訴会社に洩らしたに過ぎず、売払の意思表示は払下価格等の売払条件の確保を待つて文書を以て控訴会社になされる筈のところ、その後前記貸付契約の違反等控訴会社が売払の相手方として不適当なことが判明したため、同年十一月六日控訴会社の前記売払申請は文書を以て却下されたことが認められ、他に控訴人等主張のような売払の事実を認めるに足りる資料はないから、控訴人等の右抗弁も採用できない。

以上説示するとおり、被控訴人と控訴会社との間の本訴土地に対する貸付契約は解除せられ、控訴人等は右土地を占有する権原を有しないところ、控訴人金沢富吉が右地上に本訴各建物を所有して右土地を占有すること、右土地の賃料相当額が被控訴人主張のとおりであること及び控訴会社、控訴人金沢富吉を除くその他の控訴人等がそれぞれ被控訴人主張の本訴建物に居住してその敷地を占有していることは、いずれも当事者間に争いがないから、控訴会社に対しては前記貸付契約の解除を理由として本訴土地の明渡を、控訴人金沢富吉に対しては土地所有権に基き本訴建物を収去して本訴土地を明渡し、かつ貸付契約解除以降右土地明渡済に至るまで土地賃料相当の損害金の支払を、その他の控訴人等に対しては土地所有権に基きそれぞれその居住する建物より退去してその敷地の明渡を求める被控訴人の請求はいずれも理由があり、これを認容した原判決は相当であるから、民事訴訟法第三百八十四条により本件各控訴を棄却すべく、控訴費用の負担につき同法第九十五条第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 斎藤直一 坂本謁夫 小沢文雄)

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